かものはしのたわむれ

島とバイクとプログラムと何か

かものはしの島巡り(5) 〜 愛媛・小島編

どうも、かものはしくれです。

前回の馬島から短い船旅を経て次の島へ。

小島(おしま)という名前がついていますが、この日訪れた3島の中では一番大きな島。

近くの大島(おおしま)と比べたら小さいんだけど。

この辺のネーミングセンスはようわからん。

小さな要塞を擁する島

古くは海上交通の要衝だった瀬戸内海。

戦国時代あたりの水軍の遺構が数多く残る地域ですが、近代以降も有事の際には戦場になるという想定はあったらしく、この小島にも戦争に備えてでっかい大砲が置かれていたとのこと。

f:id:kamonohashiy:20180704212153j:plain

写真のものはレプリカで、本物は太平洋戦争の際に回収されて新たな武器に生まれ変わったとのことなんですが、

同じような目的で同じように作られたものなのにこんな差が。

日露戦争時代がどれだけイケイケだったのか、太平洋戦争時代がどれだけ窮乏していたのか。

学生時代日本史好きだったのに近代史苦手だった自分としては、もう一回教科書読みなおしたくなるところ。

この要塞跡、ほぼ島全体に広がっていて、歩きごたえはかなりあるので近代史・廃墟クラスタな皆様はぜひ一度。

島の半周くらいに渡る海沿いの遊歩道をゆったり歩くだけでもいい感じですよ。

何度か旅を重ねて見えてきたこと

意味深な見出しの割に表面的なことですが。

ツイートでも書いてるように、これまで1000人超が暮らす島から人口2桁の限界集落までいろいろ見てきましたが、規模こそ違えど神社的なものが100%あるんですね。

離島の限られたスペースの一角を割いてまでも神様を祀らなきゃいけないと思う執念と言うか強迫観念と言うか。

しかも田舎だからといって見すぼらしいものなんてことは全然なくて。

いつか「離島の神社特集」とかって単独でやってもいいかも、と思わせるくらい風情のある建造物が多いです。

神社建築とか神道そのものとか、島よりもかなり深い沼にハマりそうな予感もするけど。

それともうひとつは観光客を迎えるスタンスの違いとそれを比較する面白さ。

しまなみ海道が全線開通したのが1999年。

(僕の勝手な想像ですが)そこから観光客が増えるのを見越してなのか、この周辺の島もちょっとしたレジャー向け施設開発に地元の方が頑張った痕跡が見られるんですね。

前回の記事の馬島にも「民宿」の看板の割にはかなり大きな宿泊施設(たぶん「跡」)がありましたし、この小島も要塞跡や海水浴場、キャンプ場等が整備(キャンプ場は「整備」されてるか疑問ですが)されてます。

この「小さな島でも何か特色を持たせたい」思いというか、その努力がいじましいというか。

うまく言語化できないけど、こういうの個人的にものすごくツボなんです。

これと言えるような武器はないけど、少しでも訪れた人が満足するような仕掛けを置いておきたい。

上で上げた太平洋戦争時の砲台に似たような、みすぼらしくて見えてもその思いは立派だし、大切にしたいと言うか。

うーん、自分の語彙力のなさがもどかしい。

いろんな島を訪れるたびにそういうものを感じてて、それが次の島に行きたくなる原動力になっているというか。

ちょっと上手くまとめられないので、いずれこのへんの思いについても書いてみたいな、と。

ちなみに海水浴場は瀬戸内海沿岸では珍しく砂浜が本当にキレイで、本気でいいなと思いました。

穴場的スポットとして覚えておくといいかもです。きっと人も少ないだろうし

あとたまに見る謎建造物

観光客向けとは思えない、普通に人が暮らしていた住宅っぽいのに、他の民家から結構外れた場所に一軒だけひっそりと建ってる、怪しい調度品がちらほら見えるお家。

なぜ一軒だけこんな離れた場所に建っているのか、なぜモアイなのか、そもそもコンセプトはインドなのか南米なのか。

住んでいる人がいるのなら聞いてみたいけど、深入りは決してしたくない。

こういうものが残っているのは島ならでは、というより田舎ならではという感じですが。

あーものすごいゾクゾクする。一回覚えたら抜け出せそうにないわ、この感覚。

www.ritograph.com